川エビの生活と魚道
西日本の川エビの多くがアユと同じように海から遡上するのですが、それが水際を通ることが知られていなかったので、どの魚道も側壁が垂直に切り立っており、これらの生物にとって大変厳しいものになっています。

浜野龍夫:川エビの生活と魚道-稚エビは夜中に海からあがってくる-
多自然研究, 7号, 5-9ページ(1996年)
発行元の(財)リバーフロント整備センターの許可を得て以下に転載しました。



はじめに
 多自然型川づくりに関する意識の向上にともなって、魚道に対する認識もやや良い方向に進化してきた。かつては商業的価値のある魚種のみに対象をしぼっていたものが、川に固有の「魚種」すべてを対象とするようになり、それらが自然の生態サイクルをまっとうし個体本来の力で増え続けていけることに重点を置くようになった。この「魚種」という言葉には、魚類のみならずエビやカニも含まれるはずであるが現状はそうではない。
 魚道を通りたいのは魚だけではない。食用となるモクズガニは、日本各地の河川に生息し地方によっては種苗放流も行われているので、このカニを御存知の方も多いのではなかろうか。このカニが海に降りて産卵し、幼生期を海で過ごし、稚ガニとなって川をさかのぼる事実を知っている人は多いようで、魚類のためにつくられた魚道の中に、モクズガニが通過しやすいようにロ-プを張る試みなどがなされている。
 ところが魚道のことを考えるときにエビのことは忘れ去られているようだ。筆者は、この原因は単に関係者の認識不足によると考えている。淡水エビに関する筆者への問い合わせの中に、「河口から100km近くも上ったところでとった抱卵エビを鯉の池に入れても増えないがなぜか」というものや「海崖の上の水たまりにエビがいるのだがどうやって来たのか」などがあり、さらに某地方新聞に「本土の淡水にすむ川エビが離島にもすんでいるが、なぜ分布するようになったのか」という記事が出たりするのは、日本の川エビのほとんどがアユと同じように海から上ってくるという事実が、一般には浸透していない証拠である。このような状況下で設置されてきた魚道に川エビを通す機能は期待できまい。
 ここでは、河川にすむエビの種類と生活史を紹介し、その遡河生態からみた魚道の構造や個体群維持方策について検討する。

河川に分布するエビの種類と生活史
 日本の河川にふつうに分布するエビ(ただし、九州南部や沖縄に限産する種、汽水域に分布する種、いわゆる珍種、ザリガニ類は除外)は、現在の分類によれば2科5属11種ある(表1)。これらの川エビは生活史により両側回遊型と陸封型の二つに大別できる(表2)。両側回遊型の動物は、淡水域でふ化したのちに塩分のある水域で幼期をすごし、やや成長すると再びその後の生活の場である淡水域に回遊して生育し産卵する生活史をとる。魚類ではアユ、ヨシノボリ、小卵型カジカなどがこれにあてはまる。一方、陸封型の動物は河川や湖沼で一生をおくることができ、一生の中で塩分のある水域(河口や海)に回遊する必要はない。全11種のエビのうち、両側回遊型が7種、陸封型が5種(両型があるとみなされている種がいるため合計が11種を越える)で、実は両側回遊型の種の方が多いのである(表2)。

表1.日本の川エビ
-------------------------------------------
ヌマエビ科 A
TYIDAE
 ヌマエビ属 Paratya
  ヌマエビ P. compressa compressa
  ヌカエビ P. compressa improvisa
 ヒメヌマエビ属 Caridina
  トゲナシヌマエビ C. typus
  ミゾレヌマエビ C. leucosticta
  ヒメヌマエビ C. serratirostris
  ヤマトヌマエビ C. japonica
 カワリヌマエビ属 Neocaridina
  ミナミヌマエビ N. denticulata
テナガエビ科 PALAEMONIDAE
 スジエビ属 Palaemon
  スジエビ Palaemon paucidence
 テナガエビ属 Macrobrachium
  テナガエビ M. nipponense
  ヒラテテナガエビ M. japonicum
  ミナミテナガエビ M. formosense
-------------------------------------------

表2. 日本の川エビの生活史による分類
-----------------------------------------------------------------
生活史*1    種類      分布地域*2  流程分布*3
-----------------------------------------------------------------

両側回遊型 ヌマエビ(小卵型) 本州中部以南  中流
      トゲナシヌマエビ  本州中部以南  中・下流
      ミゾレヌマエビ   本州中部以南  中流
      ヒメヌマエビ    本州中部以南  下流
      ヤマトヌマエビ   本州中部以南  上流
      ヒラテテナガエビ  本州中部以南  上流
      ミナミテナガエビ  本州中部以南  上・中流
-----------------------------------------------------------------
陸封型   ヌマエビ(大卵型) 北海道を除く  中流

      ヌカエビ      本州中部以北  中流
      ミナミヌマエビ   本州中部以南  上・中流
      スジエビ      日本各地    中流
      テナガエビ*4   本州中部以南  中・下流
-----------------------------------------------------------------
*1 両側回遊型のエビは淡水域で産卵するが、孵化した幼生は塩分のある水域で育ち、稚エビに変態したのち川を遡上する.陸封型のエビでは孵化した幼生あるいは稚エビは生育に塩分を必要としない.
*2 本州中部:太平洋側では千葉~静岡、日本海側では新潟~島根、に分布の縁辺があることを示してしている.
*3 成体の主分布域.ただし、繁殖期に河川内を回遊する種がある.
*4 本種には以下の2つのグル-プがありいずれも海川間の通し回遊はしない.汽水域に分布するグル-プ: 幼生の発育には塩分が不可欠である.河川静水域・湖沼に分布するグル-プ: 塩分がなくても幼生は育つ.


両側回遊型のエビの生活史ーヤマトヌマエビの遡上
 ヤマトヌマエビは日本産のヌマエビ類では最も大きく、体長がオスでは30mm、メスでは40mmをこえるエビである。体側部に濃褐色の4列の点線模様と尾扇に濃紺色の大小斑紋があり美しいことから、観賞魚として人気がある。本種は河川最上流部に生息するためか、淡水で生活史を終えるものと誤解されていることが多い。実は、前出の電話の問い合わせや新聞記事の対象となった川エビはすべてこのヤマトヌマエビである。しかしながら、著者らの飼育実験により、本種の幼生は淡水中では育たず、50~100%海水(体積%)中で稚エビに変態することが確認されている。また、稚エビが海から遡上してくる現場も観察されていることから、本種が典型的な両側回遊型をとる種であることに間違いはない。このヤマトヌマエビの生活史と稚エビの遡上行動を以下に要約した(図)。
 徳島県の小河川に生息するヤマトヌマエビのメスはふつう5月から8月にかけて産卵する。特に6月に産卵する個体が多い。産卵後、メスは約1カ月間抱卵し、7~8月に全長わずか1.5mmのゾエア幼生が卵からいっせいにふ化する。ふ化した幼生は、川を流れ下って海にたどりつき、そこでプランクトンとして約1カ月間生活をおくる。この間に9回脱皮した(=9期の幼生期を経た)のち、体長4.4mmの稚エビに変態し、8月以降に川をさかのぼり始める。上流へ遡上しながら成長し、二度と海に下ることはない。早い個体では翌年に産卵する。寿命は1~3才であるが、オスでは2年以上生存する個体は少ない。

 図 ヤマトヌマエビの生活史

 稚エビの遡上は夏から秋の夜間に行われる。川の流芯部ではなく、岸部の、背部が空気中に露出するほど浅い、ゆるやかな流れの部分を、腹肢を使って泳ぎ歩きながら遡河して行く。岩が川を遮っているような所では、水が上から伝わり落ちてくるところを選んではい上がる。どの個体も同じル-トを通って壁面をよじのぼり、多いときには隊列を組んでいるかのようにひしめきあって登って行く。写真撮影のストロボ閃光により遡上行動が止まることはなかったが、懐中電灯の連続光では壁面上のエビは遡上を中断し、後退するか落下した。また、流れをせき止めて壁面の違う部分から水が伝わり落ちるようにすると、ただちに遡上経路もそちらに変わった。このような観察結果から、これらの稚エビが連続光を嫌うことや正の流れ走性を持つことが判明し、河川水の流向や流速が遡上方向や遡上速度を決定する主要因になっていると考えられている。
 以上のことを知っていれば前出の問題はあっさり片付けることができる。「エビを鯉の池に入れても増えない」のは塩分がないからで、「海崖の上の水たまり」には出水時に稚エビが海からよじ登って来たと考えられ、「離島にもすんでいる」のは海で1カ月もの幼生期を過ごすためで、それが本土から島にたどりついても何の不思議もないのである。

エビ類の分布を妨げる堰やダム
 ひと昔前であれば、河川のエビの個体数が減少した原因をたずねられれば、「農薬や家庭排水による水質悪化とコンクリ-ト三面張りによる生息場の消失」と即答できた。それならば、水質が改善され近自然工法による改修が励行されるなら、エビ個体群の復活は期待できるはずである。ところがここにきて問題になるのは、ダムや堰によって海から生息場への道が遮断されていることである。
 著者らが、魚道のないダムが甲殻類の分布に及ぼしている影響について研究を行ったところ、両側回遊型のエビと降河回遊型のカニ(モクズガニ)の個体群は、いずれもダムからは分布にマイナスとなる影響を受けているが明らかになった(表3)。それでは、既設のダムや堰の上流部については、これらのエビ類(もちろんモクズガニも)の個体群の再生をあきらめなければならないのだろうか。アユとはちがって、水が伝わり落ちる壁面があれば遡河できるので、経済的かつ効果的な方策がありそうだ。

表3.長崎県雪浦川にある魚道のないダムにより川のエビ・カニ類が受けた影響(三矢・浜野, 1988を要約し一部を改変)
-----------------------------------------------------------------
  影響  種類    生活史
-----------------------------------------------------------------
ダムを越えて本来の生息場所である上流へ遡上できるが個体数が減少?  
  ヤマトヌマエビ 両側回遊型
ダムは上るがダム湖内に留まり、それより上流へは遡上しなくなった
   モクズガニ 降河回遊型
ダムを越えることができず本来の生息場所であるダム上流部へ遡上できない
   トゲナシヌマエビ 両側回遊型
   ヒラテテナガエビ 両側回遊型
   ミナミテナガエビ 両側回遊型
分布域の一部がダム湖に沈み、また、ダムを越えることができないため、結果として分布の上限が下流に移った
   ミゾレヌマエビ 両側回遊型
ダム湖の静水的環境で分布域が拡大した
   ミナミヌマエビ 陸封型
あまり影響を受けなかった
   サワガニ 陸封型
-----------------------------------------------------------------

エビ類魚道の条件と実際
 アユのようにすぐれた遊泳力と跳躍力を持たないエビ類やモクズガニにとっては、既存の旧式の魚道は通りにくい。岩の壁面を歩行しながらでも遡上できるエビ類に適した魚道の表面構造、勾配や流速については、すでに著者らが野外実験を行っている。そしてその結果、魚道表面の素材として、耐久性がありエビやカニが脚先をひっかけやすい「気泡コンクリ-ト」の使用を提案した。また、こうした素材を床面に使った上で勾配を50゜以下にし、さらに、ほんの少しの水を伝わり落とせば、エビ類が容易に遡上できることも確かめられている。既存の旧式の魚道についても、垂直の側壁の一部を傾斜させ、気泡コンクリ-トのような表面材を張ることによって、エビ類やモクズガニが遡河しやすい魚道に改良できよう。また、ダムや堰、砂防堤などの水が伝わり落ちる壁面の一部を気泡コンクリ-トで覆うだけでも、エビ類の一部は遡上できる。勾配がゆるい方が良いのは事実だが、垂直の壁面でも上ることは不可能ではない。
 河川におけるすべての動物たちにやさしく、また、維持管理の手間がかからない魚道として、水野(1992)が提案する「早瀬や淵に似せた構造物とその前後に設置する岸よりの浅瀬」は、エビ類にとっても有効でろう。また実際に、諸喜田(琉球大)らの提言により沖縄本島にある漢那川ダムに設置された魚道は、ダム横の階段に沿って簡便に作られている小水路様のものであるが、エビ類の遡上に大変良く機能している。最近では、著者らの意見を参考にして徳島県勝浦川の棚野ダムに設置されたモクズガニ用の緩勾配の魚道も、これらの遡上を助けている。

今後の課題
 ここでとりあげた両側回遊性エビ類をダムや堰を越えて生息場までたどりつかせることができたとしても、それらから生まれふ化した幼生がこの障壁を越えて海域まで流下しなければ再生産はできない。しかし、それが可能な魚道は限られている。よって、こうした水域の個体群を維持するためには、 浜野ら(1995)が提案するように、エビ類が遡上しうる魚道を整備した上で、ダムや堰より下流に流れ込む支流や近隣の河川に分布するエビ個体群を保護し、そこから産み出された稚エビをダムや堰の上流へ導いてやる方法が(悲しいことではあるが)現実的であろう。このためには幼生の海域における分布と生態に関わる情報が必要である。研究を継続してきた結果、やっとこれらのエビ類幼生の種同定ができるようになり、これから海域での調査が始まるところである。また、併せて、より効率よく魚道入口にエビ類やモクズガニを集めるための実験も実行中である。
 日本の川エビが両側回遊型の生活史を持つことを世間に広く認識していただくために、研究・社会活動をこれからも継続する必要を感じている。が、本心から望んでいるのは、豊かな河川が再生されこれらの研究がお払い箱になることであり、かつて子どもの頃に感動した水中の風景を次代に残してやりたいと願っている。

参考文献
FRONT編集部(1992)魚道の夜明け“持続可能な開発”への長い道程. FRONT(リバ-フロント整備センタ-発行), 5 (2), 32-34.
浜野龍夫・林 健一(1992)徳島県志和岐川に遡上するヤマトヌマエビの生態. 甲殻類の研究, 21, 1-13.
浜野龍夫・吉見圭一郎・林 健一・柿元 晧・諸喜田茂充(1995)淡水産(両側回遊性)エビ類のための魚道に関する実験的研究. 日本水産学会誌, 61, 171-178.
Hayashi, K.-I. and Hamano, T.
(1984)The complete larval development of Caridina japonica De Man (Decapoda, Caridea, Atyidae) reared in the laboratory. Zoological Science, 1, 571-589.
上田常一(1970)日本淡水エビ類の研究(改訂増補版). 園山書店, 松江, 213 pp.
Kikkawa, T., Nakahara, Y., Hamano, T., Hayashi, K.-I., and Miya, Y.
(1995)Chromatophore distribution patterns in the first and second zoeae of atyid shirimps (Decapoda: Caridea: Atyidae): a new technique for larval identification. Crustacean Research, 24, 194-202.
前川光司・後藤 晃(1982)川の魚たちの歴史ー降海と陸封の適応戦略. 中公新書647, 中央公論社, 東京, 212 pp.
三矢泰彦・浜野龍夫(1988)魚道のないダムが十脚甲殻類の流程分布に与える影響. 日本水産学会誌, 54, 429-435.
三宅貞祥(1982)原色日本大型甲殻類図鑑(). 保育社, 東京, 261 pp.
水野信彦(1992)魚の生態と川づくり. FRONT(リバ-フロント整備センタ-発行), 4 (12), 50-51.
野中繁孝(1994)魚道とその効果. “水辺ビオト-プ(自然環境復元研究会編)“, 信山社サイテック, 東京, pp. 126-142.
塚本勝巳(1994)通し回遊魚の起源と回遊メカニズム. “川と海を回遊する淡水魚(後藤 晃・塚本勝巳・前川光司編)”. 東海大学出版会, 東京, pp. 2-17.