神輿のかけ声「チョーサ」考

徳島県内のほとんどの地域で、神輿を担ぐときには「チョーサ、チョーサ」「チョーサじゃ、チョーサじゃ」というかけ声をかけます。それでは、この「チョーサ」とはどんな意味なのでしょうか。

実は、神輿を担ぐときに「チョーサ」という声をかけるのは徳島県に限りません。近畿圏から、中国・四国地方、さらには九州地方にまで広く分布しています。

また、祭りに引き出される山車(屋台)の種類の一つに「チョーサ(太鼓台)」というものがあります。担ぐタイプの山車で、屋根の上に五〜七枚の「座布団」を積み重ねてあるのが特色です。こうした形の山車は、近畿圏から瀬戸内海沿岸、九州にかけて広く分布しています。このチョーサをかくときのかけ声も「チョーサ」です。

すなわち「チョーサ」は太鼓台の別称であり、太鼓台や神輿をかくときのかけ声でもあるのです。 太鼓台をチョーサと呼ぶことについては、張子公説(中国人で高松藩に亡命した張子公がチョーサを造った)、七重車説(七重車(しちじょうしゃ)の七の字が取れた)など諸説あるのですが、いずれもこじつけの域を出ません。

少し近世期の文献資料を見てみましょう。文政4年(1821)の『浪速方言』に「てうさゃようさやてうさゃようさや、大坂にて、山車(だんじり)を挽き歩く時囃子の言葉なり」とあります。延享2年(1745)作の歌舞伎『夏祭浪速鑑』長町裏殺しの脚本には「御輿を担ぎ出て来り、ちゃうサやちゃうサや、ようサようサようサと云ひながら舞台を廻り」とあります。また、嘉永3年(1850)の西沢一鳳『皇都午睡』初編上の巻には「上方にて物を運ぶ掛声にゑいさやちょふさと云ふ」とあります。

結局、関東地方で神輿をかくときのかけ声「ワッショイ」と同様に、「チョーサ」の語源は関西地方で神輿や太鼓台を調子を合わせて担ぐときのかけ声であり、ことばそれ自体には意味はないと考えるのが妥当ではないでしょうか。