徳島県における小売業と購買行動の変化

− 明石海峡大橋開通のインパクト −

A change of retailing and shopping behavior in Tokushima: The impact of Akashi Bridge


豊田 哲也(徳島大)
Tetsuya TOYODA ( Tokushima Univ.)

キーワード:小売業の立地、購買行動、交通インパクト、明石海峡大橋
Keywords:Retail Location, Shopping Behavior, Transport Impact, Akash Bridge


これは、1999年10月9日、日本地理学会の1999年秋季学術大会(於四国大学)で発表したほぼ全ての内容です。 現段階ではデータの分析が完了しておらず、未だ中間報告にすぎませんが、 テーマの時事性を考慮し、改めてウェッブ上で公開するものです。 内容の一部は報道を通じても紹介されましたが、 残念ながらその中には不正確な記述や誤解を招きやすい表現が含まれていますので、 詳細はこのページでご参照下さい。 なお、この内容に関する全ての責任と著作権は豊田にあります。 引用については必ず事前にお問い合わせ下さいますようお願いします。


スライド0  本発表のテーマは、明石海峡大橋の開通にともなって徳島県における消費者の購買行動がどう変化したか、小売業を取り巻く環境は現在どうなっているのかを考えることにあります。橋や道路の整備などによって大都市との結びつきが強化されるとともに、地元の消費が吸い上げられてしまうことをしばしばストロー現象と呼びますが、こうした現象がいったいどのような地域的範囲で、またどの程度の規模で起こっているのか、データを用いながら検証したいと思います。
スライド1  まず最初に、徳島県の商業の概略について見ておきましょう。この表は小売業の年間販売額を県の人口で割ったもので、全国の値を100としたときの指数で示しています。これは明石海峡大橋開通前の1997年のデータですが、現在得られる最新の統計です。品目別に見ると、衣料品で84.9、飲食料品で83.2、家具・じゅう器で78.0などとなっており、合計では85.8と全国値より約14%少ないことがわかります。これは四国各県の中で最も低い値です。徳島県では物価が安いとか観光客による消費が少ないといった点を考慮に入れたとしても、こうした不足分の相当部分が県外で消費されたと考えられます。
スライド2  ところで、県では本四架橋が及ぼす影響を調べるため、昨年10月に約1万人の主婦を対象に大規模なアンケート調査を実施しました。その中に、京阪神方面で買い物をしたいと思うかどうかを品目別にたずねる項目があります。グラフを見ると、衣料品、アクセサリー・靴・カバンといった買回品や外食といった項目で、ピンクで表した「強く思う」と黄色の「やや思う」の合計が50%を越える高い値を示しました。大都市でのショッピングに対して、多くの人々が潜在的に強い欲求を抱いていることがうかがわれます。
スライド3  さて、次に徳島県内の小売業立地の地域的な分布を見てみましょう。左側の地図は、市町村別の小売業年間販売額を円の大きさで示したものです。徳島市の売上は3636億円で、県全体の43.3%を占めています。これに対し、第2位の鳴門市、第3位の阿南市のシェアはいずれも7%台にすぎません。徳島県の小売業の地域的な構造は、徳島市の圧倒的な強さ(首位性Primacyの卓越)に大きな特徴があると言えましょう。もっとも、徳島市の人口は26万人、県全体の31.4%が集中して住んでいるわけですから、販売額が多いのはある意味で当然のこととも言えます。そこで、右側の図をご覧下さい。これは、先ほどの表と同じく、人口1人あたりの年間販売額を示したものです。徳島市はやはり断然トップですが、県中央部から西部にかけて鴨島町、脇町、池田町といった小規模中心地で高めの値になっていることがわかります。
スライド4  次に、阪神方面に実際どの程度消費が流れているのか検討してみましょう。県による買い物アンケート調査は、1996年と1988年に全く同じ形式でおこなわれており、両者をつきあわせることで、架橋前後の状況を比較することができます。質問票では、購入金額の合計が10になるよう目的地別の割合を数字で答えることになっていますので、阪神方面への流出率を人数と金額の両方で推定できるわけです。今回分析に用いたのは婦人・子供服の項目で、表は徳島市と鳴門市の例をまとめたものです。人数はわずかとは言え、購買金額の7割以上、中には10割全てを阪神方面で買うという人もいました。しかも、阪神方面で買い物をする人の数は確実に増加しており、開通前は100人中4人程度であったものが開通後は10人前後になっています。金額ベースでの流出率を計算すると、徳島市で1.1%から2.2%、鳴門市で1.0%から2.8%に上昇しています。ただし、調査対象のサンプリングの偏りなどを考えあわせると、実際の値はこれより高いのではないかと予想されますが、明石海峡大橋の開通前後で流出額が2倍から3倍になったことは間違いありません。
スライド5  今度は、購買流出率を他の市町村についても求めて地図に表現してみましょう。左側が開通前、右側が開通後の状況です。地図の左半分で白くなっているのは、データが欠けているためです。1998年には5市町村で2%、4市町村で1.5%を越え、鳴門大橋に近い県の東北部を中心に、赤やピンクが目立ちます。中央部から南部にかけては1%未満というものが多く、それほど大きな変化があったようには見えません。阪神方面への消費流出は決して一律に生じているのはなく、地域によってその影響には濃淡がある様子がわかります。このように、徳島市を中心とする地域の消費者が阪神方面へ流れているわけですから、その影響で徳島市の商業が空洞化するのではないかという懸念が当然生じます。ところが、このことだけで客数の変動をいちがいに言うことはできません。そこで、この点についてもう少し詳しく検討してみることにします。
スライド6  2枚の地図はいずれも、県内50市町村について徳島市で買い物をする割合を金額ベースで集計して、左に開通前、右に開通後の状況を並べたものです。赤が50%以上、ピンクが40%以上、黄色が30%以上といった順になっていますが、東部の三好地域が10%以下であるのを除いて、徳島市は県域全体から消費者を引きつけていることがわかります。左右を比較してみますと、黄色であった板野町や石井町、鴨島町がピンクに、黄緑色であった鳴門市が黄色に、水色であった相生町や上那賀町が黄緑色に、それぞれ変化しています。つまり、この2年間で周辺市町村から徳島市への購買流出額が増加した、言い換えれば徳島市の吸引力がいっそう強くはたらくようになったことになります。
スライド7  これを地域別にまとめて数字の上で整理してみました。ここで言う流出消費人口とは、徳島市での購買率に人口をかけたもので、千人を単位とする人口ベースに換算したものです。もちろん、都市部と山間部では所得水準に地域的な差がありますから、これを考慮して値を調整してあります。数字は1996年のもので、東部地区からは9万2600人、中央地区および南部地区からはそれぞれ2万3000人余りが徳島市で買い物をした計算になります。さて、これが明石海峡大橋の開通でどう変わったか、変化率を見てみましょう。東部はあまり大きな変化がなく、西部の美馬地区・三好地区ではむしろ値が低下したのに対して、中央地区・南部地区では5%近く上昇しています。こうした増加分が、徳島市から離れて阪神方面に向かうようになった消費流出をちょうど埋め合わせるような形で、周辺から徳島市に流れ込んでいるわけです。
スライド8  次に、消費者が自分の住んでいる市町村で買い物をする割合を金額ベースで計算し、滞留率と名づけてその分布を見たのが左の地図です。60%を越えるのは徳島市と阿南市だけで、20%以下の水色や30%以下の黄緑色が県全体の大部分を占めています。この値を2つの年次で比較したものが右の図で、1.5ポイント以上上昇した地域が黄色で、逆に1.5ポイント以上減少した地域がブルーで示されています。鳴門市、北島町、藍住町、板野町といった徳島市の北部隣接地域だけでなく、阿波郡、勝浦郡、那賀郡など、徳島市を取り囲むような形で、消費流出の加速した地域が広がっています。これは阪神方面への流出に加えて徳島市への流出が進んだことによるものです。ここで注目すべきは、明石海峡大橋の影響がそれほど大きくなかったと考えられる中央地区や南部地区でも、地元購買率がはっきりと低下していることで、こうした周辺市町村の商業がいっそうきびしい事態に直面しているという点を見逃すべきではないと思います。
スライド9  ここで、明石海峡大橋の開通によって生じたいわゆるストロー現象について、図式的に整理しておきましょう。大阪市と神戸市の年間販売額は百貨店に限っても1兆5千億円と4千億円、それぞれ徳島市の25倍と7倍の大きさがあり、品揃えの豊富な魅力ある商業集積を形成しています。徳島県はこの巨大な販売力を持つ阪神地域と道路で直結したわけですから、消費者がこうした大都市を目指すようになるのは当然の成り行きで、とりわけ県の北東部を中心に架橋効果が明瞭に現れています。徳島市は人口も多く流出率も高いため、流出の絶対量は最大となっています。その一方で、県内では徳島市への一極集中が進んでおり、中部・南部を含めて広い範囲からますます多くの消費者を集めています。つまり、徳島市では阪神方面への流出と周辺市町村からの流入が同時に起こっており、いわば購買層が玉突き的に入れ替わっていると考えられます。そのため、当初の予想に反して販売額はごくわずかしか落ち込んでいないのではないかと推定されます。購買力の流出が深刻なのはむしろ周辺市町村の方であり、これまで以上に商業の空洞化が進むことが心配されます。
スライド10  最後に内容をまとめておきましょう。明石海峡大橋開通のインパクトには作用の現れ方に2つの異なった側面があると考えられます。一つは直接的な効果で、阪神方面への所要時間が短縮されて距離の摩擦が低下しました。阪神方面へは1日に80往復を越える高速バスが運行されるなど、神戸や大阪での買い物がたいへん身近なものになったわけです。この影響は鳴門市や徳島市など県の北東部ではっきりと出ており、婦人・子供服などの買回品では流出額が2〜3倍になり、流出率は3%前後と推定されます。もう一つには間接的な効果というものが考えられます。高速バスのターミナルが徳島駅前に置かれる一方、フェリーや高速船が次々に廃止または減便されるなど、交通体系の再編成が進む中で、県内における徳島市の拠点性がいっそう強まりました。阪神方面に出かけた消費者がその行き帰りに徳島市で買い物をするという機会も増えたでしょうし、なにより神戸や大阪の都市的な雰囲気を体験することで、いわば消費者の目が肥えてきて、より高次な買い物中心地が志向される傾向が強まったという面もあると思われます。もちろん、徳島市への一極集中はそれ以前からずっと進行してきたわけですが、架橋をきっかけにその動きがいっそう促進されたという意味で、これを間接的効果と呼んでおきます。こうした直接的効果・間接的効果を通じて消費者の行動が大きく変化し、それが集計レベルで消費のストロー現象となって、広い空間的範囲に波及しつつあると見ることができると思います。